[1]-[2]-[3]-[4]-[5]-[6]-[最終回]
ホームズは立ち上がると、マントルピースの上に置いた煙草入れをとりあげ、愛用のパイプに煙草を詰め始めた。
「スイフト氏が訪れた日の事を覚えているね?」
「うん。発端になったのは奇妙なカレンダー収集家の話だったね。」
「その前に、カレンダーの丸印は何かと君に尋ねたろう?ところが君は何のためにマークをしたのか、思い出せなかった。火曜日と金曜日の印はゴミの日だと即答したのにね。そのとき僕はこう思った。『習慣となっている物事は、カレンダーに書いていなくても憶えているけれど、その日だけの予定は忘れやすい』とね。…ところで、思い出したかい?何の日か。」
私はかぶりを振った。彼は向かいの席に戻り、紫煙を楽しみながら話し始めた。

「僕はカレンダーを見る習慣が無いから、君に言われてはじめて、あのカレンダーの行が、月曜日から始まっていることに気が付いた。あのカレンダーは全ての曜日を青みがかった灰色で印刷してある。もちろん、各列の一番上には曜日がちゃんと記されているけれども、もし、日曜日からはじまるカレンダーに慣れている者が見ると、ゴミの日は月曜日と木曜日だと勘違いするかもしれない。デザインは悪くないんだけれど、少し不親切だなと感じた。
そこにスイフト氏が登場したんだ。
ホームズは立ち上がると、マントルピースの上に置いた煙草入れをとりあげ、愛用のパイプに煙草を詰め始めた。
「スイフト氏が訪れた日の事を覚えているね?」
「うん。発端になったのは奇妙なカレンダー収集家の話だったね。」
「その前に、カレンダーの丸印は何かと君に尋ねたろう?ところが君は何のためにマークをしたのか、思い出せなかった。火曜日と金曜日の印はゴミの日だと即答したのにね。そのとき僕はこう思った。『習慣となっている物事は、カレンダーに書いていなくても憶えているけれど、その日だけの予定は忘れやすい』とね。…ところで、思い出したかい?何の日か。」
私はかぶりを振った。彼は向かいの席に戻り、紫煙を楽しみながら話し始めた。

「僕はカレンダーを見る習慣が無いから、君に言われてはじめて、あのカレンダーの行が、月曜日から始まっていることに気が付いた。あのカレンダーは全ての曜日を青みがかった灰色で印刷してある。もちろん、各列の一番上には曜日がちゃんと記されているけれども、もし、日曜日からはじまるカレンダーに慣れている者が見ると、ゴミの日は月曜日と木曜日だと勘違いするかもしれない。デザインは悪くないんだけれど、少し不親切だなと感じた。
そこにスイフト氏が登場したんだ。
収集家君についての話を聞いていると、不思議な事がいくつかある。
まず、彼は何故、毎晩閉店間際に来店したのか。
毎日買いに来るぐらいだから、よっぽど必要な物なんだろう。しかし、1日に2度来店した事はない。時間をずらしたり、午前や日中に来店出来ないという事は、彼は昼間に何かの仕事を持っていて、それが終わらなければ、買いに来ることが出来ないと推理出来る。
じゃあ何故毎日違う数のカレンダーが必要だったのか。
当初、いくつ買えばいいのか解らなかったんだ。初めは1巻で充分だと思っていたんだね。これっきりで買わなくてよいと思っていたんだけど、毎日どんどん必要になってきたんだ。初めから結構な数のカレンダーが必要だとわかっていれば、二回目ぐらいで在庫の確認ぐらいするだろう。どうやら前日にカレンダーを購入してから、次の日の来店までに追加が必要だと気がついて、あわてて買いに来たと考えられる。
さあ、いよいよ彼がこのカレンダーを何に使っているかだ。
特に最後に強奪されたカレンダー…これは、店員が毎月台紙をちぎりとっていたために、あと3枚しか残っていなかった。ワトソン君、このカレンダーにはどんな使い道があるだろう。」
「ホームズ、僕には見当がつかないね。」
ホームズは、ふうっと紫煙を吐き出した。
「あと3枚のカレンダーは、『あと3枚のカレンダー』の代わりにしかならないんだよ。彼自身が熱心なコレクターか、または誰かに頼まれるかしてカレンダーを入手していたのなら、枚数の足りないカレンダーなんて、何の価値も無い事ぐらいわかるはずだ。だから、彼のカレンダーに対する執心は、コレクションに加えるためではなくて、これらのカレンダーを、何かに使うために買い求めていたことが明らかなんだ。
そこで僕は考えた。『彼は、どこかの今年のカレンダーを、買い求めたカレンダーと掏り換えようとしているんじゃないか』とね。」
「え?何だって?何のために?」
ホームズ片方の眉毛を上げた。
「この時点で、可能性はいくつかあった。まず一つ目は、カレンダーに書き込まれた『自分に都合の悪い何か』を、短時間で綺麗に消してしまうための掏り換え。ナイフで表面を擦ったり、切り抜いたりしたらばれてしまうからね。二つ目は、書き込まれている事を、変更してしまうための掏り換え。例えば、ごみの日をこっそり日曜日と木曜日に書き換えてしまいたい時はどうだろう。やっぱり一度元の火曜日と金曜日の印を消さなければならないから、自分で日付を変えて書き込んだものと掏り換えてしまったほうが、ばれずに済むんじゃないか。」
「三つ目は、書き加えかい?いや、それなら元のカレンダーに書き加えればいいんだね。」
「その通り。いずれにせよ、『何かを消すか、変更する』事以外に、わざわざ今年のカレンダーを使う理由は無いんだ。」
「お次は、いったい何処のカレンダーを掏り換えようとしているか。彼はカレンダーやインクに投資をしているわけだから、掏り換えによって、それ以上の利益があるはずだ。そうなると、俄然、金銭がからんだ犯罪の臭いがしてくる。彼が買った物の数を覚えているかい?」
私は座ったまま手を伸ばして、文机の上からノートを引き寄せた。
「ええと…僕の記録によれば…
月曜 大×1、小×1、インク×2
火曜 大×1、スケジュール帳入手出来ず
水曜 大×3
木曜 来店せず
金曜 大×7、小×1
土曜 大×1(強奪)
…と、こうなっているよ。」
「いやまったく素晴らしいね。君は。」
私は、ホームズの賛辞に少しはにかんだ。
「彼は結構な数の品物を買っているね。途中からの数の多さが予定外としても、儲けよりも投資がかさんでしまったら、途中であきらめるか路線を変更するものだ。しかし、彼のやりかたにはまったくブレが無い。だから、路線を変更しなくても、かなりの見返りがある仕事だと推測出来る。
結局入手できなかったけれど、スケジュール帳を買おうとしているだろう。だから、標的はどこかの事務所や商店ではなくて、個人だ。こんなに沢山のカレンダーのすり替えが必要な個人、それも全てW&F商会のカレンダーといえば、W&F商会のかなりの上客に違いない。そこで、スイフト氏の顧客名簿を見せてもらうことにしたんだ。
それからもう一つ。何故木曜日に来店しなかったかも気になった。毎日ほぼ同じ時間に来店することから、彼が列車に乗って来ていると考えたので、途中で駅に立ち寄って調べてみたんだ。すると、面白いことが解った。」
「丁度いい時刻に到着する汽車は3路線あった。しかしこのうち一つの路線は、先週木曜日の夕方に事故が発生して、ある時刻から特定の駅より遠方は完全に運休してしまっていたんだ。つまり、彼は毎日その路線の列車に乗って、カレンダーを買うためにロンドンに来ていたんだけれど、木曜日は運休のせいで来ることが出来なかったんだよ。
この収穫に付き合わされたスイフト氏は面食らっていたけれど、商会に到着したら、『そういえば』と、帳簿に記されたある上客を示してくれた。事故があった路線に住んでいて、特定の駅より遠く、5巻以上の大きなカレンダーと、小さなカレンダーひとつ、オリジナルのスケジュール帳を購入した顧客は、一人しか居なかったんだ。」
「ヴェットシュタイン教授かい?」
「そう!その通り。彼女のカレンダーを掏り換えて、何かを企んでいる輩がいるのは間違いない。そこで、スコットランドヤードを尋ねた。」
「レストレードはさすがだったよ。この話をするとすぐに理解して、彼が追いかけている国際的な美術品窃盗団の動きを教えてくれた。近々、何かやらかしそうだと内偵者から連絡があったのだけど、具体的に何をするのか掴み切れていなかったらしい。丁度良いタイミングだったよ。ヤードはスイフト氏に感謝状を贈るべきだと僕は思うね。
レストレードと立てた作戦については省略するとして、決行時期を確定するために、君をさそって教授を訪問することにしたんだ。」
「アルスター駅では、駅員に木曜日の事故について尋ねてみた。すると、運休について駅員に激しく詰め寄った痩せた小男がいることを教えてくれた。これで、彼がアルスターから列車に乗っていたことは確定だ。その日は君も知っての通り、教授の館で、嬉しくなるぐらいいくつもの証拠を目にした上に、ちょっとした罠を張ってロンドンに戻ったんだ。」
「え?ちょっと待ってくれないか。証拠って何の事だい?」
私はあわてて話し急ぐホームズを止めた。ホームズは肩をすくめた。
「わかったよ。これ以上君をいじめたりしないよ。その前に、ハドソンさんにお茶を入れてもらおう。」
「まず、『殿堂』で教授の使っていた昔のスケジュール帳を見て、君はどう思った?」
「どうって…。とても綺麗な小さい字でびっしりと書き込んであるね。」
「そう。スケジュール帳ではなくて、日記のように書き込まれてある。あれを見て、『これを掏り換えるのは至難の業だ。ひょっとしたら僕は間違っているんじゃないだろうか』と思ったんだけど、今年の手帳は紛失したって話じゃないか。君がたまたま聞いてくれたけれど、カレンダーとスケジュール帳、両方に予定を書き込んでいるのなら、片方を失い、もう片方を書き換えてしまうと、そちらが『真実』になってしまう。」
「じゃあ、卓上のカレンダーは…」
「そう。あのカレンダーは、明らかに教授の筆跡を真似ただれかが細工したものだ、西日がまともに当たる場所においてあったのに、今月と来月のカレンダーに記された文字のインクはちっとも退色していない。額縁の跡や紙の黄ばみ、そういった起こるべき変化が、今年はじめの台紙に比べて、今月と来月の台紙にはちっとも見られないんだ。」
「とどめはインクの色だ。教授が普段、デスクで使っているインクとは、微妙に色合いが違う。しかし、いくら真似た筆跡で同じような色を使って書き込んでも、じっくり見られたら微妙な違いに気付かれる可能性がある。そこで賊は、念には念を入れて、教授から眼鏡を奪ったんだよ。かわいそうな教授は、昔使っていた度のあわない眼鏡を使わざるを得ず、インクの色合いやカレンダーの文字の変化に気がつかなかったんだ。」
私は、自分の感じた違和感の正体がやっとわかった気がした。
「彼女のコレクションは、まっさらで取り置いてあるものが一つ、あとは全て実用に供しているから、賊はあちらこちらの部屋にかけてある8つのカレンダーと、細かく書き込まれた2か月分の卓上カレンダーを、ほぼそっくりの偽物に掏り換えたんだ。すばらしい根気と努力だね。」
「そうすると、彼が買い込んだカレンダーの数と合わないよ。」
私は先ほどのリストを見ながら尋ねた。ホームズはにやりと笑って「それはね」と続けた。
「重大なトラブルがあって、途中でもう一度最初から複製をやりなおしたんだ。あとで説明するけれど、その痕跡は、教授の家の屋根裏で見つけたんだ。」
「屋根裏?…まさホームズ、犯人は」
「そう。なかなかするどいね。犯人は、僕たちがティポーに別れを告げに行ったとき、部屋の中に居た屋根大工なんだよ。」
「カレンダーの掏り換えは、屋根の修理の時に行われたんだ。屋根の作業をする部屋を立ち入り禁止にしておき、修理道具や資材にまぎれこませて持ち込んだ偽物を、少しづつ交換していったんだよ。でも、手帳と見比べられたらどうしようもない。最初は手帳のすり替えも計画したんだけど、肝心の同じ手帳が手に入らなかったので、目に付かないように隠してしまったんだね。賊も手帳を開いてびっくりしたろうね。あの手帳の10か月分を複製するなんて、考えたくもないよ。」
私はあの細かくびっしり書き込まれた手帳を思い出してうなづいた。
「最後にW&F商会から奪い去ったカレンダーも、教授の家にかかっているのかい?」
「ああそうだよ。教授が書き込んでいたカレンダーは、月が終わってもちぎらずに、ちゃんと後ろに回して止めなおしている。けれど、あの家でティポーだけが、過ぎた月の台紙をちぎりとって捨てていたんだ。どうやら賊は、最後の最後にティポーの部屋のカレンダーに気がついたらしい。慌てただろうね。ティポーの部屋のカレンダーは、他のどの部屋のカレンダーとも共通してなくて、彼の予定が書き込まれてあった。だから、他の部屋に付け替えたカレンダーを、持ってくることが出来ない。W&F商会じゃ品切れだと言われ、途方に暮れたところに店員の背後にカレンダーを見つけた。」
ホームズは、軽く拳を振った。
「そこで凶行に及んだわけさ。静かに着々と準備を進めていた彼らにしては、かなり荒っぽいやり方だったけどね。一昨日の夜、ティポーの小部屋でカレンダーをあらためたら、12月の台紙の裏にW&F商会の「見本」というスタンプが捺してあったよ。」
「そうまでして、教授からいったい何を…」
言いかけて、教授邸の1階に詰まれた多数の木箱と大英博物館の展示会を思い出した。
「そうか!わかった。カレンダーの『展示会用の搬出日』をずらしたんだね?前の日に!」
ホームズは微笑んだ。
「そのとおり。膨大な鉱石や化石のうち、真に価値があるものを探し出して盗み出すのは大変だ。しかし、展示会のために特に貴重なものだけをまとめて、丁寧に梱包してある今なら、探し出したり梱包する手間がはぶける。カレンダーに記された搬出日どおりに荷物を引き取りに来るわけだから、教授は全く疑わないだろう。事が露見して大騒ぎになる翌日までには、逃げおおせてしまえるだろうね。」
私は唸った。まさかカレンダー収集家の奇矯な振る舞いが、英国の貴重な歴史的遺産の強奪に繋がっていたとは。
(次回はいよいよ最終回です(^-^))
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まず、彼は何故、毎晩閉店間際に来店したのか。
毎日買いに来るぐらいだから、よっぽど必要な物なんだろう。しかし、1日に2度来店した事はない。時間をずらしたり、午前や日中に来店出来ないという事は、彼は昼間に何かの仕事を持っていて、それが終わらなければ、買いに来ることが出来ないと推理出来る。
じゃあ何故毎日違う数のカレンダーが必要だったのか。
当初、いくつ買えばいいのか解らなかったんだ。初めは1巻で充分だと思っていたんだね。これっきりで買わなくてよいと思っていたんだけど、毎日どんどん必要になってきたんだ。初めから結構な数のカレンダーが必要だとわかっていれば、二回目ぐらいで在庫の確認ぐらいするだろう。どうやら前日にカレンダーを購入してから、次の日の来店までに追加が必要だと気がついて、あわてて買いに来たと考えられる。
さあ、いよいよ彼がこのカレンダーを何に使っているかだ。
特に最後に強奪されたカレンダー…これは、店員が毎月台紙をちぎりとっていたために、あと3枚しか残っていなかった。ワトソン君、このカレンダーにはどんな使い道があるだろう。」
「ホームズ、僕には見当がつかないね。」
ホームズは、ふうっと紫煙を吐き出した。
「あと3枚のカレンダーは、『あと3枚のカレンダー』の代わりにしかならないんだよ。彼自身が熱心なコレクターか、または誰かに頼まれるかしてカレンダーを入手していたのなら、枚数の足りないカレンダーなんて、何の価値も無い事ぐらいわかるはずだ。だから、彼のカレンダーに対する執心は、コレクションに加えるためではなくて、これらのカレンダーを、何かに使うために買い求めていたことが明らかなんだ。
そこで僕は考えた。『彼は、どこかの今年のカレンダーを、買い求めたカレンダーと掏り換えようとしているんじゃないか』とね。」
「え?何だって?何のために?」
ホームズ片方の眉毛を上げた。
「この時点で、可能性はいくつかあった。まず一つ目は、カレンダーに書き込まれた『自分に都合の悪い何か』を、短時間で綺麗に消してしまうための掏り換え。ナイフで表面を擦ったり、切り抜いたりしたらばれてしまうからね。二つ目は、書き込まれている事を、変更してしまうための掏り換え。例えば、ごみの日をこっそり日曜日と木曜日に書き換えてしまいたい時はどうだろう。やっぱり一度元の火曜日と金曜日の印を消さなければならないから、自分で日付を変えて書き込んだものと掏り換えてしまったほうが、ばれずに済むんじゃないか。」
「三つ目は、書き加えかい?いや、それなら元のカレンダーに書き加えればいいんだね。」
「その通り。いずれにせよ、『何かを消すか、変更する』事以外に、わざわざ今年のカレンダーを使う理由は無いんだ。」
「お次は、いったい何処のカレンダーを掏り換えようとしているか。彼はカレンダーやインクに投資をしているわけだから、掏り換えによって、それ以上の利益があるはずだ。そうなると、俄然、金銭がからんだ犯罪の臭いがしてくる。彼が買った物の数を覚えているかい?」
私は座ったまま手を伸ばして、文机の上からノートを引き寄せた。
「ええと…僕の記録によれば…
月曜 大×1、小×1、インク×2
火曜 大×1、スケジュール帳入手出来ず
水曜 大×3
木曜 来店せず
金曜 大×7、小×1
土曜 大×1(強奪)
…と、こうなっているよ。」
「いやまったく素晴らしいね。君は。」
私は、ホームズの賛辞に少しはにかんだ。
「彼は結構な数の品物を買っているね。途中からの数の多さが予定外としても、儲けよりも投資がかさんでしまったら、途中であきらめるか路線を変更するものだ。しかし、彼のやりかたにはまったくブレが無い。だから、路線を変更しなくても、かなりの見返りがある仕事だと推測出来る。
結局入手できなかったけれど、スケジュール帳を買おうとしているだろう。だから、標的はどこかの事務所や商店ではなくて、個人だ。こんなに沢山のカレンダーのすり替えが必要な個人、それも全てW&F商会のカレンダーといえば、W&F商会のかなりの上客に違いない。そこで、スイフト氏の顧客名簿を見せてもらうことにしたんだ。
それからもう一つ。何故木曜日に来店しなかったかも気になった。毎日ほぼ同じ時間に来店することから、彼が列車に乗って来ていると考えたので、途中で駅に立ち寄って調べてみたんだ。すると、面白いことが解った。」
「丁度いい時刻に到着する汽車は3路線あった。しかしこのうち一つの路線は、先週木曜日の夕方に事故が発生して、ある時刻から特定の駅より遠方は完全に運休してしまっていたんだ。つまり、彼は毎日その路線の列車に乗って、カレンダーを買うためにロンドンに来ていたんだけれど、木曜日は運休のせいで来ることが出来なかったんだよ。
この収穫に付き合わされたスイフト氏は面食らっていたけれど、商会に到着したら、『そういえば』と、帳簿に記されたある上客を示してくれた。事故があった路線に住んでいて、特定の駅より遠く、5巻以上の大きなカレンダーと、小さなカレンダーひとつ、オリジナルのスケジュール帳を購入した顧客は、一人しか居なかったんだ。」
「ヴェットシュタイン教授かい?」
「そう!その通り。彼女のカレンダーを掏り換えて、何かを企んでいる輩がいるのは間違いない。そこで、スコットランドヤードを尋ねた。」
「レストレードはさすがだったよ。この話をするとすぐに理解して、彼が追いかけている国際的な美術品窃盗団の動きを教えてくれた。近々、何かやらかしそうだと内偵者から連絡があったのだけど、具体的に何をするのか掴み切れていなかったらしい。丁度良いタイミングだったよ。ヤードはスイフト氏に感謝状を贈るべきだと僕は思うね。
レストレードと立てた作戦については省略するとして、決行時期を確定するために、君をさそって教授を訪問することにしたんだ。」
「アルスター駅では、駅員に木曜日の事故について尋ねてみた。すると、運休について駅員に激しく詰め寄った痩せた小男がいることを教えてくれた。これで、彼がアルスターから列車に乗っていたことは確定だ。その日は君も知っての通り、教授の館で、嬉しくなるぐらいいくつもの証拠を目にした上に、ちょっとした罠を張ってロンドンに戻ったんだ。」
「え?ちょっと待ってくれないか。証拠って何の事だい?」
私はあわてて話し急ぐホームズを止めた。ホームズは肩をすくめた。
「わかったよ。これ以上君をいじめたりしないよ。その前に、ハドソンさんにお茶を入れてもらおう。」
「まず、『殿堂』で教授の使っていた昔のスケジュール帳を見て、君はどう思った?」
「どうって…。とても綺麗な小さい字でびっしりと書き込んであるね。」
「そう。スケジュール帳ではなくて、日記のように書き込まれてある。あれを見て、『これを掏り換えるのは至難の業だ。ひょっとしたら僕は間違っているんじゃないだろうか』と思ったんだけど、今年の手帳は紛失したって話じゃないか。君がたまたま聞いてくれたけれど、カレンダーとスケジュール帳、両方に予定を書き込んでいるのなら、片方を失い、もう片方を書き換えてしまうと、そちらが『真実』になってしまう。」
「じゃあ、卓上のカレンダーは…」
「そう。あのカレンダーは、明らかに教授の筆跡を真似ただれかが細工したものだ、西日がまともに当たる場所においてあったのに、今月と来月のカレンダーに記された文字のインクはちっとも退色していない。額縁の跡や紙の黄ばみ、そういった起こるべき変化が、今年はじめの台紙に比べて、今月と来月の台紙にはちっとも見られないんだ。」
「とどめはインクの色だ。教授が普段、デスクで使っているインクとは、微妙に色合いが違う。しかし、いくら真似た筆跡で同じような色を使って書き込んでも、じっくり見られたら微妙な違いに気付かれる可能性がある。そこで賊は、念には念を入れて、教授から眼鏡を奪ったんだよ。かわいそうな教授は、昔使っていた度のあわない眼鏡を使わざるを得ず、インクの色合いやカレンダーの文字の変化に気がつかなかったんだ。」
私は、自分の感じた違和感の正体がやっとわかった気がした。
「彼女のコレクションは、まっさらで取り置いてあるものが一つ、あとは全て実用に供しているから、賊はあちらこちらの部屋にかけてある8つのカレンダーと、細かく書き込まれた2か月分の卓上カレンダーを、ほぼそっくりの偽物に掏り換えたんだ。すばらしい根気と努力だね。」
「そうすると、彼が買い込んだカレンダーの数と合わないよ。」
私は先ほどのリストを見ながら尋ねた。ホームズはにやりと笑って「それはね」と続けた。
「重大なトラブルがあって、途中でもう一度最初から複製をやりなおしたんだ。あとで説明するけれど、その痕跡は、教授の家の屋根裏で見つけたんだ。」
「屋根裏?…まさホームズ、犯人は」
「そう。なかなかするどいね。犯人は、僕たちがティポーに別れを告げに行ったとき、部屋の中に居た屋根大工なんだよ。」
「カレンダーの掏り換えは、屋根の修理の時に行われたんだ。屋根の作業をする部屋を立ち入り禁止にしておき、修理道具や資材にまぎれこませて持ち込んだ偽物を、少しづつ交換していったんだよ。でも、手帳と見比べられたらどうしようもない。最初は手帳のすり替えも計画したんだけど、肝心の同じ手帳が手に入らなかったので、目に付かないように隠してしまったんだね。賊も手帳を開いてびっくりしたろうね。あの手帳の10か月分を複製するなんて、考えたくもないよ。」
私はあの細かくびっしり書き込まれた手帳を思い出してうなづいた。
「最後にW&F商会から奪い去ったカレンダーも、教授の家にかかっているのかい?」
「ああそうだよ。教授が書き込んでいたカレンダーは、月が終わってもちぎらずに、ちゃんと後ろに回して止めなおしている。けれど、あの家でティポーだけが、過ぎた月の台紙をちぎりとって捨てていたんだ。どうやら賊は、最後の最後にティポーの部屋のカレンダーに気がついたらしい。慌てただろうね。ティポーの部屋のカレンダーは、他のどの部屋のカレンダーとも共通してなくて、彼の予定が書き込まれてあった。だから、他の部屋に付け替えたカレンダーを、持ってくることが出来ない。W&F商会じゃ品切れだと言われ、途方に暮れたところに店員の背後にカレンダーを見つけた。」
ホームズは、軽く拳を振った。
「そこで凶行に及んだわけさ。静かに着々と準備を進めていた彼らにしては、かなり荒っぽいやり方だったけどね。一昨日の夜、ティポーの小部屋でカレンダーをあらためたら、12月の台紙の裏にW&F商会の「見本」というスタンプが捺してあったよ。」
「そうまでして、教授からいったい何を…」
言いかけて、教授邸の1階に詰まれた多数の木箱と大英博物館の展示会を思い出した。
「そうか!わかった。カレンダーの『展示会用の搬出日』をずらしたんだね?前の日に!」
ホームズは微笑んだ。
「そのとおり。膨大な鉱石や化石のうち、真に価値があるものを探し出して盗み出すのは大変だ。しかし、展示会のために特に貴重なものだけをまとめて、丁寧に梱包してある今なら、探し出したり梱包する手間がはぶける。カレンダーに記された搬出日どおりに荷物を引き取りに来るわけだから、教授は全く疑わないだろう。事が露見して大騒ぎになる翌日までには、逃げおおせてしまえるだろうね。」
私は唸った。まさかカレンダー収集家の奇矯な振る舞いが、英国の貴重な歴史的遺産の強奪に繋がっていたとは。
(次回はいよいよ最終回です(^-^))
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